2014年07月17日

六文銭、毘沙門天と獅子頭

前回の続き

数日の滞在を経て、帰路をひた走ることになりました。
ま、だいたい800kmを、交代で運転しつつ、
一路、神戸まで行くのですが、
往きの疲れと滞在の疲れもあり、んな距離半日で走るのヤダ!
てなことになりまして、ほぼ中間地点の長野市で一泊することに。

え?なんで、より近い東京方面を通らないのかって?
首都高のジャンクションがコワいからに決まってんでしょ!!(泣)


で、ちょっと観光もしちゃいました。
だって真田信之ゆかりの地ですよ。
んで川中島の合戦あったんですよ。
松代よ! We're back!

念のため説明しておきますが、松代は長野市にあります。
ちなみに真田信之というのは、戦国時代の人で、
大阪夏の陣の合戦で活躍した真田信繁(幸村)の兄です。
信之は徳川方についたので弟とは敵となり、合戦で信繁は亡くなります。

川中島の合戦というのは、戦国時代、
学がありながら、互いの戦となると目の色を変えちゃうタイプの、
上杉謙信と武田信玄が、カネと兵糧を貯める度にやっていた合戦のことです。
って軽い感じで書いてしまいましたが、
合戦ですからもちろん命がけです。マジです。

話を戻して。観光にはあまり時間を取れなくて、
(なんせ翌日も400km以上走るわけですから)
真田宝物館と文武学校と松代城跡にしか行けませんでした。

真田宝物館と文武学校は戦国時代の香りはほぼ無く、
江戸時代、松代藩の展示品と建物が見られるのですが、
こういうのも嫌いじゃないわけで、じっくり見ちゃって、
時間が足りなくなりそうな感じでした。

真田信之は93歳で亡くなったということで、なかなかの長寿っぷりですが、
上田から松代への転封を命じられたり、
先に弟や、息子たちにも先立たれるなど、
長いだけに悲しいことも多い人生だったようです。
それでも、子孫と松代藩領民が長く栄えるよう、
気遣いを重ねて、家臣を叱咤し、コツコツ倹約してカネ貯めたんデスね。
(自分も見習おう……)
結果として真田家は近代まで続きます。
彼は人のために生きた立派な大名なのです。


さて、時間が迫る中、松代城跡へダッシュ!
なんかね、ココも5時で閉まるんだって……。

松代城跡に残るは石垣と門のみ。きれいに整備されていました。
ここは元の海津城で川中島の合戦の舞台でもあります。
相方が「妻女山ドコ?ドコ?」といって城の外と地図を見比べます。

妻女山は「第4次川中島の戦い」で上杉軍の拠点となったところです。
記録では「西條山」で別の山だ、とか諸説あるそうですが、
とりあえず眺めておきたいぢゃないか!妻女山!
地図を見て見当をつけ、ちょうど石垣の上に上がれる階段があったので、
上がって眺めることに。

そしたら、地元の方……たぶん松代城跡の整備をしている方だと思うんですが、
おじさんがいたので、ちょっとたずねてみました。
「すみません……妻女山て、ドコですか?」

すると!おじさんは「あちらですよ」と指差して教えてくれた上に、
第4次川中島の戦いのあらましをさらりと語ってくれたのです。
上杉軍の布陣、武田軍の布陣、
夜の闇にまぎれての高坂弾正の動き、
それを出し抜く上杉軍の動き、そして周囲の豪族たちの立場と動きまで。
短いながらも生き生きとした語りで、ワクワクしました……!!
さすが、地元の方は詳しい!

雨の中、ダッシュで来て良かったなあ。


そんなこんなで、松代をあとにして、
翌日は神戸に向かいました。
神戸に着いたら、ちょっと時間があったので、
電車に乗って三宮あたりをぷらぷらしました。
歩いて、ドトールに入ってコーヒー飲んだだけですが、楽しかったデス。

でもうっかりエスカレーターで左よりに乗ったため、
母:「東京人はな、左に乗るの」
子:「なんで〜?」
と、神戸の親子の話題にされてしまいました!!!(笑)

私、東京人じゃないんですが……あせあせ(飛び散る汗)


なんだかんだって旅は楽しいものですね。
ヤなことも疲れることもあるけど、それを含めて、旅はイイ。

我々の祖先は長い間、旅をしてきました。
食い物を求めて歩き回り、より良い環境を求めて移動した、
原始の、あるいは古代の我が祖先たち。
旅は彼らから受け継いだDNAみたいなモノを、ちょっと活発にさせるのかもしれません。

そして旅は、槍を携えお屋形様について走り回った戦国の人たち、
殿の転封について行こうと引っ越していった家臣領民たちに
ちょいと思いを馳せさせたりするのです。

posted by Yoshiko at 02:43| Comment(0) | 日記

2014年07月09日

旅の記録

車で旅をしてきました。
往復ともフェリーで明石海峡大橋をくぐったよ。

akashi1407.jpg

往きは船中で眠れなくて(なんでだろ?)、
翌日の行程は地獄ですた……。
(T-T)

高速を走る途中、ジャンクションで間違えたので、
やむを得ず次のインターチェンジで降りたら、

ソコは夢の国でした!!
……というのはうそっぱちで、松代(まつしろ)というところでした。

え、松代?!?!
あの真田信之の?!
ある意味、夢の国かも〜!

でもね、その日はとにかく、目的地に着かなくちゃいけないんです。
もうそろそろ午後4時半になるし……。
なので真田邸だけ拝見〜!
結局、観光するのかぃっ!(笑)

真田邸は江戸時代末期の建築物で、
九代藩主の幸教さんが、義母である貞松院の隠居屋敷として、
松代城外に建てたものです。

基本、部屋数は少なめ。
でも、控えの間を持つ続き部屋が複数あって、
(確か3つあったような)
きちんとした武家屋敷のかたちを今に伝えています。

sanadatei1407.jpg


で、天井に壁紙を張っているお部屋があった!
ふつう、天井って木板を張るのですが、
一部屋の天井だけ、モダンなの!
お屋敷として使われていた当時から、張られていたそうです。

sanadatenjou.jpg

単色の花鳥デザイン。花は牡丹かな?
古いのにモダン。ベストデザイン賞を差し上げたい黒ハート

ただね、真田邸は5時には閉まるんですが、
4時45分あたりから、ごそごそと屋敷の雨戸を閉め始め、
なんか、追い出される気分で、立ち去ることに……。バッド(下向き矢印)


哀しき観光地の連鎖をふと思い出しました。

観光客が少ない
 ↓
やる気でないのが態度に出る
 ↓
当然、観光客はリピーターにならない
 ↓
評判が落ちる
 ↓
ますます観光客が減る
 ↓
(以下えんえん連鎖)


ということで、気持ちをあらたに、
車に乗って、目的地を目指したのです。
いや〜!疲れた!
交代しながら、数百キロを車で走りました。

そして、松代のネタは終わっていないのです。

(つづく)
posted by Yoshiko at 17:47| Comment(0) | 日記